植村秀(shu uemura)さんってどんな人?プロフィールや経歴と死因まとめ

  • 2018.06.09
植村秀(shu uemura)さんってどんな人?プロフィールや経歴と死因まとめ

メイクブランドとして有名な「shu uemura」。
美容師さんでも利用している方は多いのではないでしょうか。個人的にも大好きなブランドです。

そんな世界でも有名なブランドを作り上げた植村秀さんはどんな人だったのか、どんな人生を送ってきたのか気になったので調べてみました。

美容師さんにとって、とても勉強になる部分も多いと思うので、興味がある方は是非読みすすめてみてください。

プロフィール

出典:https://i-d.vice.com/jp/article/ywp8gb/a-guide-to-shu-uemura

名前:植村 秀(うえむら しゅう)

出身地:東京都

生年月日:1928年6月19日

没年月日:2007年12月29日

職業:メイクアップアーティスト

長男は実業家の植村浩さん

美容関係者からは、神様のように崇められていたアーティストです。

 

なんと、日本で「オイルクレンジング」を広めた第一人者なのです。

だからシュウのクレンジングオイルって昔から人気なのですね…納得。個人的にも大好きです。

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経歴

「メイクアップアーティスト」という職業すらない時代に自ら学校で学んだという植村さん。

当時、男性が美容学校に行くという事時代、とんでもない時代だった事でしょう。。

通っていた美容学校に、ハリウッドの映画会社がアシスタントを探しにきたのがきっかけで1950年代に渡米

なかなかハリウッドの関係者に会えるチャンスはないですし、この運の強さも必然性を感じます。

ハリウッド映画でのアシスタントの職を得て腕一本で技術を体得した植村さんは、映画『マイゲイシャ』で病気で倒れたメイクアップアーティストの代理として主演女優シャーリー・マクレーンのメイクを担当したことで一躍注目を浴びたそうです。

もの凄いチャンスと、そのチャンスをモノにできる日々の努力が想像できますね。

 

その後、様々な作品で活躍。マリリン・モンローなどハリウッドの超有名俳優や歌手などにメイクをしたそうです。

帰国後、1964年ハリウッド式のメイクアップアトリエを世田谷に開設。

1967年「シュウウエムラ化粧品」の前身「ジャパン・メイクアップ」を設立。

1983年表参道に「シュウウエムラ ビューティブティック」1号店を開店(2015年2月に表参道ヒルズ店としてリニューアルオープン)

出典:http://omotesando.or.jp/jp/shop/59

 

1980年代後半には海外へ進出し、現在は欧米やアジア諸国に店舗を展開しています。

死因

死因は急性肺炎だったそうです。

青山葬儀所で行われたお別れ会では、お焼香ではなく赤いガラスに灯された蝋燭と赤いバラが献花され、参列者にはクレンジングオイルが手渡されたそうです。

なんておしゃれ。。

名言

仕事や人生について

  • 成功の三原則は創意、誠意、熱意
  • 冒険心は確実に人を変える
  • 皆がやっていることは面白くない
  • 伝統は革新の連続である
  • 一年を考える人は 花を植えるべし 10年を考える人は 木を植えるべし 100年を考える人は 人を育てるべし

美容やデザインについて

  • モードは掟を破る権利がある
  • 上質であれば、余分なものはいらない
  • 美しさのない人生は情けない
  • 美しく、アートな日常が艶めく生き方をつくる!
  • 美を追究しないことは有罪である
  • 女性がキレイでいることは社会貢献だ
  • 美しくなろうとする冒険心は、確実に人の顔を変えていく

関連本

まとめ

植村秀さんは、日本を代表するメイクアップアーティスト。

オイルクレンジングを日本に広めた第一人者。2007年に急性肺炎で亡くなる。

現在は海外でも広く愛される商品が沢山流通している。

 

shu uemuraの商品は質が良いだけでなく、お値段も高すぎず安すぎず。
デザインも使用感もシンプルかつ機能的。という事で個人的にも長らく愛用させていただいています。

プロにも素人にもとても愛されている商品ですよね。

 

自分が亡くなった後も、世間にこれだけ愛されている商品を作った植村秀さん。
後世に残る仕事が日々出来ているだろうか?」と美容を業とするものとして色々学びにしていきたいですね^^

 

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